やわらかい道
遠く「アイヤー」を乗せた雲は
釜無川原疎林の空の
白くきらめく宇宙の風に
糸のように漂っている
山の向こうは海
海の向こうに
異なることばの人々がいる
その男と女の歴史がある
海抜六一六メートル姨捨サービスエリヤの
冷たい風の庭から
つらなる三月の
長野の山を見渡している
早春の伏流水を吸い上げてケヤキは
深い藍色の空に
八ヶ岳をのせる林となる
あつく触れ合うものとわかれては
光ささぬ
疎林をひとり
ゆきゆく風に
石の
こころを撫でてすぎる
オーストリアの盆地に生まれた
若い脳の細胞が
いかなる啓示を受けてか
生まれた交響曲の世界に
高まる不協和音の凝結が
みずおと響く釜無川原の
いま芽吹く樹木に同化して流れる
樹林のやわらかい道をたどれば
樹皮が硬くあつくはがれ
なお虚空に屹立するケヤキに
妻も夫も区別はなく
鳥の声する世界はとおい
常緑の蔦を肌にはわせて
高く立ち樹木はならぶ
すでに恩讐の歴史のように