ヤマセミの橋
カジカほろほろ富士川のほとり
鰍沢の町の十谷の大柳川渓谷の
町営遊歩道のぬれた擬木を登っていく
ハコネシダと書いた木札があるぬるぬるの岩のうしろに出ると
突如眼前に燃えたつ濃淡の紅葉
竜門橋、竜神橋の厚い吊橋
見てごらんみんなおとうさんのせいだ
珍しく頬の血の色を消して
妻が言うのはまたしくじった私のことだ
妻がする長年の苦労を
そのほとんどの原因になる私になど
とうてい代われるものでもない
七十四歳の愚鈍が
ようようかえりみて後世の恐れを知る
ヤマセミ橋に鳥の姿はないが
竜仙橋、天狗橋、天淵橋と激流のうえの虚空を渡る
「樹肌ではスギとヒノキも見分けられないな」などと
谷を覆う紅葉の奥の飛瀑を見ている
私のすぐ脇や隣の空気続きの
指呼のところに友人知人のだれかれがいて
きのうのままだと思うたたずまいの山野の
霧が流れるまの
うごかぬ指定席と思われたが
見ればふと空いたところがある
あそこにもここにもだ
ガマズミの房がくすんだ紅色に下がっている
人と生きた関係が歴史だ
時は戻るともない
今日も増えるうつろの席の
淵に残されて私の七十四年
うそうそと名も知れぬ小鳥が黙ったまま
渕上のウルシの枯れ枝にとまっている