月は上弦に
すでに上弦にかけはじめた月が
傾斜地の草原を水色にあらわしている
疎林を限る釜無の
花崗岩の川原の
白い広がりの
ここは何事の舞台か
岸に黒々沈む疎林を背景に
いまは昔
野呂川上流標高二千メートルの両俣小屋で過ごした夜
なかまに起こされると消えかけた焚火の真上に
ゆっくり迫って去る橙色の明るい天体の
不思議な動きを見あげていた
星空全体がまわる恐怖に
声もなく
今宵巨大な月は
釜無の流れをつつんでひろがる石の原と
とおく梢を沈めて
闇にうずくまる疎林を照らしている
足元に目を凝らせば
マツヨイグサの明るい黄色
川音はやまず
どの世の光景か
老いて希望もなくいたものの不安は消え
化生の人気が支えるここの宰相の姿もない
樹木も白石も自覚のたしかな脈動を包み
厚い夜の底にせまる気配が
月光を浴びるもののこころを静める