クガイソウ
海抜一六七〇メートル木賊峠の休憩所の
表面のコンクリが剥げた擬木のベンチに寝転んで
ダケカンバの上の空を見た
深い空を足早に雲が流れる
光の縞が曲がる
空が青く曲がる
ひろば脇でゴム長靴に履き替えていた男が二人
車を置いたまま
三脚をつけた大型カメラを担いでカラマツの中へ入っていく
クガイソウの花を撮るのだといっている
｢いやあその花の名前はわからんなあ｣
私は寝たまま仲間と彼らの会話を遠く聞いている
雲に消えかかった富士が再び現れるのを
薄目でぼんやり見ている
木賊峠を平和の風が流れる
昨日テレビの中で少年は自分の二倍も高い鋼鉄の装甲車を見つめていた
カメラを据えて彼らはクガイソウと富士を撮るのだろうか
細い紫色の穂花がわずかずつゆれる空の向うに
雪もなく巨大なばかりの富士が
雲から頭を出す構図がふと浮かぶ
オオバコが汚れた花茎を立てている道路を
車は観音峠をめざして下る
低くとどろくのは戦闘機の爆音か遠い雷鳴か
道端のウドにまだ花はなく
カーブの所から曲り岳、金が岳への登山道が伸びている
春には高みを目指して汗にまみれて登ったが
今日はキノコの出具合調査で来てここから山頂を眺めるだけ
深まる秋の曲り岳の
ショウゲンジ茸の可憐な立姿を思うばかりである