　　　　　コマクサ

赤岳山頂から
二代目を名乗る山伏のほら貝が
山塊の空気を伝わり
広大な谷を渡り
阿弥陀岳の私らにまでとどく

行者小屋のキャンプ場を夜明けに出て
ダケカンバ、ミヤマハンノキ、シラベ、ナナカマドの露の樹林帯をぬけ
透きとおる鳥の声が流れる
鮮やかな紫のチシマギキョウの道を登ってきた

赤岳、横岳に霧がかかり
霧はたちまち流れ
赤褐色の山頂が現われ
霧はまた厚くなる

成層火山阿弥陀岳は岩の塊だ
そそり立ち
岩片を踏めば崩れ砕け
山はなお居丈高くたっている
千万年を

身にまつわる怒り悲しみはいまふもとにおいて
岩に身を寄せにじり登る
二十センチ、五十センチ高度を上げていく
ひたすら登る
イワナのように

南八ヶ岳山塊につらなる
フォッサマグナ帯岩峰の阿弥陀岳、赤岳、つづく横岳
輝石安山岩の目もくらむ質量の堆積

阿弥陀岳から稜線におりて
岩くずの山腹を赤岳を目指す
岩片の中にコマクサは咲いている
やわらかく霧をみどりにとどめた葉に
うつむく淡紅の花

標高二八九九メートル赤岳の岩稜の
霧の瞬時のあなたはだれ
あのときたしかにさわれるとなりにいて