地鳴き
絹物のような空の下の
釜無川原の枯れ木立の静寂を
老いた妻と並んでゆく
枝川の用水路を覆う笹藪の
かすかな音は
光ささぬ中を
地鳴きウグイスがわたる羽音だ
ケヤキの疎林のノイバラをすぎて
サイクリング・ラインを横切ってきた
なぜここにあなたはいるか
ここにわたしがいるのはなぜか
樹間に透かす八ヶ岳連峰は
藍が深く落ちて
赤岳をえぐるあのあたりは
かたい氷雪が埋め尽くす
岩と虚空の世界
ケヤキ疎林を初鳴き前線がすぎれば
緑褐色の羽毛のウグイスに
無駄な思惟はない
我が世界を生きるものの
やさしい嬬恋の歌が流れる
終始地上を歩むものどうし
樹間の小径に
わかれて残る相手の生活を思う
ケヤキの高い梢を揺らすものがある
川原の石群が澄んで
冬の風が吹いている
いまの世でこそ幸せをもとめて
ケヤキ、エノキの疎林をよりそって歩む
むかし峡谷の小屋で
彗星の神秘について語り合った土工のともは
堅い樹皮の巨木がそびえる
二ノ宮の村から
音も重さもない世界へ
今朝たびだった
生活の縁でしめした
かれの安堵について思う
しかしともよ旅立って
向かうところなど誰にもあるわけはなく
ここがカオスか
安堵は
生きてある世界のこと
トウネズミモチの深い緑からこぼれおちて
ヒヨドリのまばらな群がいっせいに
ケヤキの細枝を目指して
羽ばたきあがっていく